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石の絵 2019初夏 

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石の銘「曙山」
お気に入りの石の一つ。
暖色から寒色へのグラデーションが見どころ。
手のひらにすっぽり収まる美しい結晶片岩だ。
オレンジ色の箇所を、朝日を浴びる山頂と見立て曙山と銘した。

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緑・黃・赤の小石。
この絵はL判サイズの小さな額に入れる目的で色紙に描いた。
部屋のすみに置いたら案外それらしく収まっている。ishinoe_190430b.png

ここまでが平成に描いたもの。
以下、令和になってから。

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縞模様の砂岩。
男性の手のひらでも収まるかどうかという大きさのずっしりとした石だ。
この絵は特に模様をとことん描いてみたかった。
表裏の模様が違ってて面白いので両方描いた。

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これも少し大きめの砂岩。
食べごたえのある五平餅ってぐらいのサイズ感。
石の模様が抽象絵画みたいだと思ったので、そういうふうに描いてみた。

ishinoe20190529.jpg
目下の最新作。
色と質感の違う石を並べて、同じ画面の中で
それぞれを描き分けられるかチャレンジしてみた。
この3つの石も、手に持つとずっしり重さを感じるサイズ。

石の表情を追っていくのがおもしろくて、
ついつい時間をかけてしまう。
モチーフにする石も大きなものを選ぶように変わってきて、
お気に入りの小石を描くという目的からだんだんずれてきた。

変化をたのしみつつ、引き続き描いていきたい。


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かりんとうを嗜む 

かりんとうが好きだ。

色は濃いほうが良い。
濃ければ濃いほど好みである。
黒々としたかりんとうが大好きだ。
胡麻やピーナツなど副材料が入っているものは邪道というスタイル。
生地と、それを包む黒蜜のみ。
それが王道と存ずる。

利休好み。
そう、色や質感の理想は、千利休が好んだあの黒茶碗のごときであろう。
すべての色彩を内包するかのような、無限の色。
それが極上のかりんとうの条件と存ずる。

大きさについても好みを述べれば、
小ぶりなものより、しっかりサイズ感のあるものが良い。
手の親指ぐらいの太さがあれば上々だ。
そして大きなかりんとうの中には、得てして空洞が存在することになる。
その空洞に、ロマンが詰まっているのだ。

空洞には小さな世界がある。箱庭的魅力だ。
そこを征(ゆ)く愉しみ。
「おお、この個体にはこんなに大きな空洞が!」
「ぬぬ? この空洞は妙な形をしているなぁ」などなど。
洞窟探検をするかのごとく、かりんとうを体験するのだ。
『空洞ロマン』。
そう申してよかろうと存ずる。

『空洞ロマン』にいまいちピンと来られない向きの方には、
あるいは試しにフランスパンを思い起こしてもらいたい。
みっしり詰まったものより、空洞があるもののほうが、
フランスパンのフランスパンたるアイデンティを感ぜられようというもの。
それと同じ理屈だと思っていただいても問題なかろう。

要は、見どころである。
先ほど色について論じる際に樂茶碗を引き合いに出したが、
まさしく器を愛でるのと同じような心持ちなのだ。
まずは見た目を愛でる。色艶、質感。
次にひと口かじって、味や香りを堪能する。
その後、空洞の景色を観て何かを感じ取る。
見どころが多いほうが、楽しみもいや増すものと存ずる。

かりんとうの銘柄などに特にこだわりはないが、
ここで筆者のおすすめを上げるとするなら、
東京カリントウの『錬蜜かりんとう』をあげたい。
黒蜜が厚めで、生地はほっこり程よい堅さ。
お気に入りのお茶と共に食せば、無敵の時間が訪れる。
スーパーに買い物に出かけたときには、
いつのまにやら買い物かごに『錬蜜かりんとう』が入っている。
どうやら無意識レベルで欲していると存ずる。

いろいろ蛇足めいたことを書き連ねてしまったが、
肝要なのは、
かりんとうという存在と真摯に向き合うことと存ずる。
眼の前にあるそれを愛でる。
目で、手で、鼻で、舌で、喉で、そして細胞で味わう。
世俗の些事や悩み事をいっとき忘れ去り、かりんとうと対峙する。
それが最も大切なことではなかろうか。

今、筆者の前にはかりんとうがある。
ありがたいことである。
大きく黒々としたかりんとうは、まるで岩石のような存在感だ。
これから筆者は、異国の物語に登場する岩食い巨人の振る舞うが如くに、山肌から引っ剥がしてきた大きな岩をむんずと掴むイメージで、バリバリむしゃむしゃそれを豪快に喰らうのだ。

かりんとうを喰らうことは、
世界を喰らうことと存ずる。


石の絵2019 春 

今も石の絵を描き続けている。
でも前回の石の絵記事から2枚しか描いていない。
というのも、手元にあるいい感じの石が
ネタ切れになってきたからだ。
浜にまた行きたいと思いつつ、なかなか時間がとれない。
がんばって時間を作りたいと思う。

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1枚目は、結晶片岩のかけら。
何年か前に南あわじ市阿万の海岸で拾ったもの。
ザ・結晶片岩!な素敵ルックスに気合が入りすぎ、
背景も塗ろうとして失敗してしまった。
なんだか、宇宙をさまよう究極生命体めいた雰囲気に。
絵を描くってむずかしいなと改めて思った。


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2枚目は、謎の石。
拾ったときは片岩的なものかなと思っていたけど、
絵を描くのに長時間ながめていると、
クラックのところの表情が
チャートのように見えることに気付いた。
さらに見ていると、
表面が風化してオレンジに変色してる感じが
かんらん岩のようにも思えてきて……
うーむわからん(←いまここ)
この絵は石のディテールはよく描けたと思えるが、
床の影がいつものことだがしっくりこない。
絵を描くってむずかしいな。(結局いつもこれ)

さらに精進したい。

見立てが止まらない 

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コモード56にあるムーシュリークというお店で買ってきたお皿。
鹿児島の佐々木かおりという作家さんの手によるものとか。
お魚の煮付けなどを盛るのにぴったりで、
買って帰ってからというもの、毎日のように愛用している。

ところで、これを買ったときには、
前に紹介したティーカップもそうだったように
やっぱりぜんぜん気がついてなかったんだけど、
数日たってから気付いたことがある。

茶色の部分が、どうにも山に見えて仕方がないんだよなぁ。
しかも、この山のシルエット、なんだかすごく親近感がわく。

ああ、これだ。
senzan190330.jpg
淡路富士 こと 先山。
下内膳あたりから望む山並みによく似てる。

こんな偶然ってあるのかなぁ。
自分はたまたま先山に見えたけど、作家さんは鹿児島の方らしいから、もしかしたらそちらの地元の山を表現してるのかなぁ。
でも釉薬のかかり方とかを見る限り、偶然こうなったっぽいけど……。

普通に器として十分いい感じなのに、
模様を先山に見立ててからというもの、さらに愛しさが増した。

手塚治虫タッチティーカップに続き、
これまた名器を手に入れてしまったなぁ。
大切に使いたい。



石の絵2019早春 

懲りずに石の絵を描き続けています。

ishinoe190325a.jpg
接合したところがうまく石の真ん中に走っている石。
白あんとこしあんがくっついた、みたいな色合い。

ishinoe190325b.jpg
実物はマット感がありしっとり手に馴染む感じだけど、
それを表現するのはまだ今の自分にはむずかしかった。
赤色チャート。
石英質のものがランダムに飛ぶように貫入している。

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砂岩のなんでもない小石だけど、
残念石のように、人工的な削り跡?
昔の人が矢じりでも作ろうとした跡かと想像してみる。

ishinoe190325c.jpg
これはなかなかうまく描けたと自画自賛。
ロールパンみたいな形。
実物も本当にこんなんです。

ishinoe190325e.jpg
縞々模様の砂岩。
色合いがけっこう好き。


ところで、前回の絵の投稿を見た知人から、
ヒマなんですか? という反応がちらほら。

誤解のないように言っておきますが、
ヒマだから描いてるんじゃなくて、
描きたいから時間を作ってるんですよッ!
そういう解釈でよろしくお願いします……笑